プロレス界を代表する稀代の2大ヒール、狂えるインドの猛虎タイガー・ジェット・シンと黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー。
ともに日本でその地位を確立し、シンはアントニオ猪木のライバルとして、ブッチャーはジャイアント馬場のライバルとしてそれぞれ新日本、全日本の両団体のドル箱外人ヒールレスラーとして君臨し続けた。
2人のファイトスタイル、サクセスストーリー、その立ち位置など共通する部分も非常に多く、当初から2人はよく比較される関係であった。
実際、2人は自他共に認めるライバル関係にあり、常にお互いがお互いのことを強く意識していた。私生活でも仲の悪さは有名で2人が顔を合わせるビジネスの場では終始周りの関係者がピリピリしていたものだった。
特にシンのほうがブッチャーに対してより強い憎悪を抱いていたようである。その実、この2人が一緒にビジネスをする回数はけっこう多かったが、その間、大して大きなトラブルは発生しなかったというのは、2人の関係を知る者からすれば奇跡に近いであろう。
2人が最初にビジネスを共にしたのは、この動画にあるように、オーストラリアのマットでタッグを組んだりしていたようだ。共に2人が日本のマットで活躍しだしたちょうどその頃1970年代である。シンの話では、その他、シンガポールや香港、ニュージーランドなどでもタッグを組んでいたそうだ。その後、ともに日本マットでの活躍と同時に、ザ・シークのプロモートのもと、デトロイト地区でも活躍している。この頃のデトロイトは正に黄金時代で、プロモーター兼エースレスラーとしてのシークを中心に、ブッチャーやシン、マーク・ルーイン、ボボ・ブラジルなどのレスラーが集結していた(凄い顔ぶれである)。正にヒールレスラーの殿堂として連日コボアリーナをフルハウスにしていた。
シンとブッチャーもデトロイトで顔を合わせていたと思われるが、直接対決やタッグは実現していないようである。
トラブルがなかったといっても、仲の悪い2人だけにちょっとした問題も発生したこともある。2人が日本でスターダムにのし上がった頃、カナダの空港で2人が鉢合わせになり口論となって乱闘寸前になった。この時はガードマンらが止めに入って事なきを得た。日本では月刊「ゴング」誌のコラムにこの時のことが小さな記事で出ただけで大して話題にならなかった。
その数年後、カナダのトロントのメープルリーフガーデンで遂に両雄の初シングルマッチが実現したのだ。この時の2人の関係は日本でのシチュエーションと少し違っており、シンが地元のベビーフェイスでブッチャーがヒールであった。シンはサーベルを持たず入場してきたが、ファイトスタイルはベビーフェイスとはいえ、日本でのスタイルと全く同じものであった。結果はノーコンテスト。2人とも絶頂期での対戦であった。
その後の2人の接点は日本で行われたオールスター戦である。馬場、猪木組対ブッチャー、シン組という4人ともに全盛期での試合だけに非常に面白い試合となり今でも語り草となっている。この時も試合前に2人は宿泊先の京王プラザホテルで乱闘騒ぎを起こしている。
その後、全日本と新日本の間で興行戦争が勃発し、外人レスラーの引き抜き合戦の末、お互い相手の団体にトレードするかのように移籍していった。ブッチャーが全日本から新日本へ。シンが新日本から全日本へと。完全にすれ違い状態である。
2人が再びクロスーオーバーするのはブッチャーが新日本から全日本へUターンを果たした時である。ブッチャーの方からシンに歩み寄りタッグ結成を打診し、オールスター戦以来の最凶悪コンビを復活させたのだ。全盛期は過ぎていたが、この時の2人の連携は決して悪くはなかった。試合後に何度も仲間割れを演じるというギミックも、ファンとしてはいつ2人の対決が実現するのかという期待感を煽る効果十分だった。大体、ヒールのコンビのパターンは、タッグ結成→仲間割れ→決着戦というのは「お約束」として定着していたのだ。シンが新日本にUターンすることが決まった最後のシリーズで、そのパターンを踏襲し、2度目のシングルマッチが組まれた。日本では初対決であったが、実現するのが10年早ければもっと凄い試合になっていたろうと言われたものだった。しかし、ともにキャリア豊富にして日本のファンをしっかり掴んでいる2人だけに決してツボを外さない名人芸的な展開を見せてくれた。結果はノーコンテストながら、とても仲の悪い関係とは思えないほど息の合った攻防だった。
その後、もはや2人がクロスオーバーすることはないと思われたが、意外なところで再び顔を合わせることになる。それがバラエティ番組「ドハッスル」である。いわばプロレスを使ったドッキリカメラのようなもので、芸人のユリオカ超特急がトイレに入るとそこにシンとブッチャーが乱入してくるという、何とも凄い仕掛けであった。
それから2人は今度はハッスルで対面することになる。コメディアンのレイザーラモンHG、RG組を相手に最凶悪コンビの三度目の結成である。落ちぶれた・・・というのは簡単ではあるが、2人の名人芸はここでも遺憾なく発揮されていたのはさすがである。ここでも先のパターンよろしく、この試合で仲間割れ→シングルマッチで決着戦となった。ブッチャーとシン、3度目の対決である。結果は過去2回と同じくノーコンテスト。
もういくらなんでもこれで最後かと思われた2人の合体は、今度はIGFへのチョイ出演で実現することになる。あの夢のオールスター戦のBIコンビ対ブッチャー、シン組の再現というアントニオ猪木が考えた企画。しかし、ジャイアント馬場は既にこの世にいない・・・。代わりに韓国のK1ファイターであるチェ・ホンマンを馬場の代役として器用。ここに猪木、ホンマン組対ブッチャー、シン組という何ともハチャメチャなカードが組まれた。といっても、猪木は引退しており、ホンマンもプロレスは出来ない。シンもブッチャーも事実上引退状態で試合などできるコンディションではない。ほんとに単なる顔見世のイベントではあったが、それでもこの豪華な顔合わせはイベントに花を添えるだけの効果は十分にあった。
以上がブッチャーとシンの関係についての歴史である。